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いじめと生きる価値

暗〜い昔話です。
今や、風化してしまって、自分でもよく思い出せません。
 
 

 
 
 
 
 
私は高校3年の時、不登校で引きこもりました。

全然話したこともない、心当たりのない人に突然嫌がらせに遭い始めて、しばらくはガタガタ震えながらも通っていました。
原因は今でもわかりませんが、今思えばかなりの電波ちゃんだったし、それを隠して生きようという意識もありませんでした(自分は自分にとってごく自然に生きているだけ、という感覚です)。
 
 
田舎なので、不登校となると、世間体でかなり悪目立ちします。
父は「学校に行かない」ことに理解をしていなかったので、殴り合いをすることも多々ありましたが、母は小中学時代にもいじめがあった時に、いつも支えになってくれました。
家は明るい環境とは呼べませんでしたが、母が愛情深い人間だったことだけが救いでした。

しかし、そういう学校という世界しか知らなかった私は、大げさに言うと「生きることは、傷つき続けるだけの辛い世界」の様にしか思えなくて、高校3年という世に出る直前で、外に出ることが死ぬことよりも恐ろしい事のようにしか、思えなくなってしまいました。

前に進むことも、後ろに戻ることも、何も出来なくなってしまった私は、それまで何処と無く感じていた「自分には価値がない」というレッテルを本格的に貼りました。
これは、今でも自分の人生を邪魔しているし、幸せになることを妨げるブロックのひとつだと感じています。
 
 
「死にたい」と言い続ける私に、同じ様に心をすり減らしていた母が、ある日泣きながら縋り付き、言いました。

「生きてるだけでいいから、何もしなくていいから」と。
 
 
その言葉は、外に出られず、人と話せず、これからの人生人間として価値のない自分を根本から許し、救った言葉でした。
そして、自分の母親そんなことを言わせた自分がとても不甲斐なく思いました。
 
 
その後、私はどうしても留年せずに卒業して音楽の道に進みたかったので、転校をして約半年分の単位を試験でカバーしました。
 
 
卒業後、すぐに青森を出ました。
そこからは右往左往するものの、当時のような息苦しさはなく、人の縁もとても良くて、大げさではなく「一人の人間として接して貰える」ことが、嬉しくて、とても人が好きになりました。
そして、この引きこもり期間中にネットを介して知り合った友人は、今でも親友です。
 
 
どうしてこの事を今更書こうと思ったのかは、自分でもわかりません。
今や思い出しもせず、自分が一番よく表されている作品にこの事が繋がっているとも言い難いです。

ただ、この事が今の自分を脅かすことはもう無く、何気ない昔話として話すことが出来るようになるほど、クリアになってきました。
そして自分の基盤が、冷静に見ても暗闇の中で出来上がって来たこと、乗り越えてきたこと、そして支えられてきたこと、その大きさは、強く信頼してもいいんじゃないかと思うのです。

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