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Initiation

Initiation

良い音楽や作品に出会うと、沢山のインスピレーションに押し潰されると同時に、どうして自分はそこに行けないんだろう、辿り着けない、遠い、足りない、苦しい、と思うことが多かった。
そうして得た強い感覚が誰かに伝わらないことがどうしようもなく辛くて、沢山の言葉で叫ばずにはいられなかった。
だから、好きなモノはほんの少し側に置くだけであまり多くのものに触れないようにしてきた。

でも、ひとつの谷底から這い上がってきたら、衝撃の強いものに心を揺さぶられて苦しいと思うことが少なくなった。
それどころか、素敵なものに共鳴すればするほど、澄んだ風が影を払拭して、私を力強く形成してくれる。
どんどん開けていくこの感覚が、大事にしているものが、今はどこにも伝わらなくても、誰かが認めるか否かではなく、そのままでいいんだって思えるようになってきた。

あれがないと前に進めない、これがないと不安だ、こうじゃないと価値がない、
理由をつけて立ち止まっていた。軸を失った自分を待った。また心が動くまで。
良い悪い、正しさと間違い、幸不幸、そんな二元性の世界に疑問を抱いて沢山考えた。

土台がしっかりしていないから、何か形あるもの、目に見えるものに依存しなければ気が済まなくなる。
また答えに行き着くまで自立する必要があると結論が出た。
そして、その為に歩いて行こうという意欲で溢れてきた。

1stアルバムを2年かけて作っていた時と、また同じ試練がやってきている。
あの時は、自分の中に大きすぎる感情や表現があるのに、それがまだ形になっていないばかりに証明することが出来なかったことが辛かった。
常に自分を否定しながら、誰かに、世界に否定され続けているという幻影と孤独と闇と共に、自分を肯定するために毎日一歩一歩積み上げた。

今もそう。
そうしている内に、言葉が戻って来る。心が戻ってくる。
意識が天を貫かんとする。もっともっと遠くへ。
以前の自分よりずっと、光を纏って。

改めていく、変わっていく、調和と共鳴で満ちるなら、何度だって。
それが何と呼ばれても構わない。
もう前を向こう、いつだって可能性しかないのだから。

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