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創り続ける理由

photo by: gauM3で、作品が作れなくなってしまったという方に、「伝わらないと解っていながらどうして続けるのか」というような質問をいくつも受けました。

行動の動機や生きている意味が「承認要求を満たす」なら、きっと何をしていてもいずれ辛くなって足が止まってしまう日が来ると思う。

そういう人を沢山見てきたし、昔の自分もそうだった。
それは誰かに応えようとして自分の形を変えるという不誠実な生き方も同然だし、他者の何気ない一言で、簡単に世界が揺らいでしまう。苦しくなってしまうのは当然ではないでしょうか。

私の場合、本当の自分である為に必要なものが音楽というだけで、もっと最適な手段があれば音楽じゃなくてもいいと昔から思っています。本当の自分で在り続けた結果、共感してくださる方が居たら本当に嬉しいことですが(実際に無茶苦茶嬉しいです。涙が出るほど)、共感して貰うことが目的になってしまうのは少し違う気がします。
 
 
劣等感が辛い時は、こう在るべきだとか、こうしなければならないとか、自分の中にある沢山の概念に気付いて、その概念は本来在りたい自分を活かすものか考えてみたらいいと思います。いらないものならば全部手放してしまえばいい。
その概念の中に居るも外に居るも本当は選べるし、今が辛いとしたら紛れもなく自分がその重さを選んでいるんだということに気付いていない人が多い。

本当の自分に向き合った上でモノづくりをする必要がないのなら、自分にとって「作らないこと」が正しいことになる。
続けることや出来ることが「正しい」と思うこと自体がそもそも間違いなのだと思います。
だから速度の速いものや完成度の高いものに自分から押し潰されに行ってしまう。
 
 
その方には割と長い時間お話させて頂きましたが、名刺も貰って頂けなかったので、おそらくサイトを見に来ることもないのだと思いますが。
どうぞ本当の自分の声に従ってあげてください。
自分を知り、認めることは時にとても辛く孤独です。でもこの作業は自分一人にしか出来ないこと。

他人の目、他人の言葉、他人との比較、自分以外のものが気にならないところまできたら、きっと世界も呼吸もとても軽くなりますよ。